「ハイカイサロンで社会がわかる」
岩佐 初めて藤本さんとお会いしたのは、藤本さんの講演会でしたね。「なんて元気な人なんだろう。この人ともう一度話をしてみたいな」と、その日の日記手帳にちゃんと書いているんですよ。
藤本 本当は「キツイおばさんでした」と、書いていたんでしょ。あのときはシニア向けの講演会でしたけど、「背広を脱いだら何もできない、勇気のないおじさんたち」なんて暴言を吐いていましたからね。
岩佐 そのキツイおばさん、いえ、藤本さんと新規事業を立ち上げることになるなんて、不思議な縁ですね。その縁をつないでくださったのが、リブライフの読者でもあるNPOサングリーンの竹中義行さん。あの方がいたから私は横浜に来て、あの恐ろしい講演会?に参加し、藤本さんと出会ってしまった。
藤本 人の縁って、本当にわからないですね。
岩佐 しかし、藤本さんといえば、やはり「お母さん」とか「子育て」というテーマしか関心がないと、誰もが思っていますからね。これは、トランタンにとっても一大事ではないですか。
藤本 私のテーマは、たぶん死ぬまで変わらないでしょう。今回、岩佐さんと立ち上げる事業に関しては、私なりの企みもあります。私がシニアの仲間入りをしたからだと思う人もいるかもしれませんが、実は、私の永遠のテーマでもある「子育て」や「お母さん」のテーマをより深く追求するためにも、シニア世代に関わっていただきたいことが山ほどあるのです。
岩佐 なるほど。ちゃんーと戦略があるのですね。もしかして、私はその戦略に利用されるということでしょうか? 利用されて捨てられる可能性もある?
藤本 それは、いいことです。子どもたちやお母さんたちのためにボロボロになって生き倒れるなんて、最高にかっこいい生き方だと思いますよ。そんな生き方ができたら本望じゃないですか。
岩佐 もうぼくは今でもボロボロですよ(笑)。
藤本 いえいえ、これからが岩佐さんの人間としての出番です。私もトランタンを17年間もやってきましたが、まだ本当の意味で何もできていません。とても恥ずかしいですよ。やっと大切なことが見えてきたと同時に、ますます自分の限界を感じます。
岩佐 今日まで、実にいろいろなことに挑戦し続けてきた藤本さんがそんなことを言うなんて。
藤本 どれも自己満足の活動に過ぎません。それに気づいたらもう恥ずかしくてたまらない。だからこそ、今のままではまだ満足できない自分がいます。でも、これからやろうとすることは、私ひとりの力ではどうすることもできない。やっぱり仲間が必要なんです。それも本気の仲間が。
岩佐 本気の仲間…。それは、私にも言えます。これまで地域活動やシニアのボランティア活動に参加して、私もどこか空しさというか、自分ができることって、これくらいなのかな?と悩んでいました。
藤本 私がシニアファッション事業に興味を持ったのは、岩佐さんが考えるシニアファッションが面白いと思ったからです。
岩佐 それを感じてくださってうれしいです。とにかく、ぼくはシニアの皆さんに元気になってもらいたい。そのきっかけにファッションがお役に立てれば。それなら、ぼくにもやれることがあるかもしれない、と。この歳になって、自分にできることがあるというのは本当にうれしいことで、生きていることを実感できるんです。
藤本 市民活動の話はお聞きしましたが、その前はどんなお仕事をされていたんですか。
岩佐 30代前半に父から受け継いだ学生服や作業服を中心に扱う洋品店を、自分の夢だった高級専門店に改革。80年から90年代にかけて順調に成長を続けました。当時はインポートブティックやゴルフウェアなどを扱うスポーツカジュアル専門店、ワイシャツ・ブラウス専門店、ギフト専門店のナイトブティックなど、さまざまな店舗を経営していました。わずか10万人の小都市ですが、全盛期には、有名ブランドのゴルフウェアで全国一売り上げていた時期もあったんですよ。
藤本 なのにどうして今、市民活動をやっているのですか。欲を出して失敗したのですね。
岩佐 きついな、ダイレクトに言われると。おっしゃる道りですが。小さな商圏から規模を拡大し、当時まだ日本では存在が少なかったアウトレット事業に関心を持ったんです。計画の甘さが原因で道半ばで挫折しました。
藤本 事業規模が大きいことが影響したんですね。トランタンではあり得ないことです(笑)。でも、その挫折が今の岩佐さんをつくったわけで、やっと人として何をしたいかということに辿り着いたのではないですか。
岩佐 確かにそうですね。大した経験ではありませんが、お客様に喜んでいただく醍醐味を何十年も味わっているぼくとしては、商売人の血が騒ぐというか。ぼくの商売の原点は「相手を思う」こと。事業に失敗し、たくさんの方にご迷惑をおかけしたので、もう二度とこの業界ではやれないと思っていました。だから、昔とは違ったやり方でまたファッションの仕事ができるなんて、夢のようです。
藤本 つまり、岩佐さんの「懺悔ビジネス」ということですね。
岩佐 そう、まさに藤本語録にある「懺悔ビジネス」かもしれません。少しでも社会のために役立つ仕事をしたい。ここ数年、さまざまな地域活動に参加させていただき、地域が今抱えている問題を知り、それを解決するために、ぼくがやってきた経験が少しはお役に立てるかもしれない。でも残念ながら勇気がなく尻込みしていた私は、藤本さんに「勇気を出して!」と蹴飛ばされたんです。正直、それまでは、もう自分の人生は終わったものと思っていたんです。
藤本 挫折もあったからこそ、見えてくるものがあります。人生は最後まで、何がよかったかわかりません。むしろ、その挫折が今の岩佐さんにつながった。そうでなかったら今頃、事業に成功して羽振りをきかせているただのおやじ(失礼)だったかも!?
岩佐 そうですね。神様から「調子に乗るな!」ってね。心から懺悔します!かつてがむしゃらにやっていた仕事に、もう一度自分が関わるなんて考えてもいなかっただけに、最初は戸惑いもありましたが、藤本さんに蹴飛ばされて我に返ったというか。やっと、本来の自分を取り戻せるような気がしています。
藤本 蹴飛ばされたと何度も言いますが、私は、岩佐さんの背中をポンと押しただけですよ。岩佐さんが自分でダイブしたんですよ。
岩佐 断崖からね。団塊シニアではなく、断崖シニアですね(笑)。
藤本 なるほど。シニアの皆さんは企業をリタイアして、まさに断崖に立っている。いえ、そんなシニアはなかなかいません。大概の人が「退職したから、妻とゆっくり温泉に行く」とか「ボランティア活動でもやるか」と。そういう話を聞くと、心の中で、「まだやるべきことあるでしょ!」と思ってしまうのです。
岩佐 耳が痛いな。でも確かに大概のシニアはリタイア後、自分の居場所をなくすわけです。組織の中では輝けても、地域で輝く術を知らない。もったいないですね。60歳なんて、まだまだこれからです。
藤本 そう。私が言いたいのは、退職してからが、本当の人生の始まりです。だって、まだ残り10万時間もあるのだからこそ、社会のためにやれる仕事をしてほしいんです。シニアの力って、本当にすごいんですから。
岩佐 シニアたちがまず一歩を踏み出すために、私は「おしゃれ」という、今まであまり関心を持たれなかった分野で、いろいろな提案をしたいんです。